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今回の特集記事制作にあたり、函館市教育委員会の阿部千春参事にお忙しい中ご協力いただき、

お話を伺うことができました。 

 

阿部千春(あべ・ちはる)

函館市教育委員会生涯学習部 参事3級 南茅部埋蔵文化財担当。
平成元年より南茅部町に勤務。中空土偶に関しては、当時から国宝にとの声があった。
平成16年の函館市との合併を機に、国宝指定に向けての取り組みをされた中心人物。
以前は埋蔵文化財センターに勤務していた、いわば縄文のスペシャリスト。
 

私あんきもは前にも阿部参事のお話を聞いたことがありますが、縄文について非常にわかりやすく、なおかつ興味をそそられるように、教えてくださる方です。

今回の取材でも、「縄文初心者」の私たちにもわかるよう、やさしい言葉で説明してくださいました。

一方で、縄文時代の文化は、今こそ見直されるべき時期だと、情熱を内に秘めていらっしゃるのが垣間見えました。

    

中空土偶のすごいところ

中空土偶「芽空」(かっくう。国宝に指定された中空土偶の愛称)のいったいどんなところが

国宝に指定されるほどの価値があるのか?
阿部参事に率直に聞いたところ、大きく分けて3点にあると教えてくれた。

 

まず、大きさ。中空土偶としては国内でも最大の大きさ(高さ41.5センチメートル、

幅20.1センチメートル)であり、頭の飾りと両腕が失われているほかはほぼ完全な形である。

 

そして文様構成。三角、ひし形、丸など様々な細かな文様が組み合わされていて、

当時の芸術性の高さを伺い知ることができる。

 

最後に技巧。中空、つまり中が空洞の土偶というのは、作るのが難しい。
土偶の内外の空気の温度差が開きすぎて割れてしまうことがある。

また、頭部までひとつづきに成形しようとすると頭の重みでうつむいた土偶になってしまうため、

頭部は別に作り、あとから身体の部分につけて焼かなくてはいけない

(首飾りのように見える部分は、接着した首の補強の意味も兼ねていると考えられている)。

 

「芽空」はうすづくりであるが、薄ければ薄いほど作るのが難しいのは言うまでもない。
ちなみに、阿部参事はご自身で中空土偶づくりに挑戦したことがあり、

その難しさを身をもって感じられたのだそうだ。

  

この土偶の美しさ、外見的評価が縄文時代の「精神文化」を表すものとして極めて価値が高く

重要であることから、平成19年6月8日に北海道では初の国宝指定となったものだ。

 

「実は、発見当初より『国宝級』だとは言われていたのです」

「さまざまな偶然が重なって、素晴らしい人との出会いがあって、国宝に指定された、今があります」

と、熱く語る阿部参事。中空土偶をずっと見守ってきただけに、そのお話にも力が入る。

 

◆なぜ腕がないの?◆
「本州の土偶は何もないところから突然でてきたりしますが、北海道の土偶は墓から出てきます。
それも、いったん壊してから埋められています」(阿部参事)。
失われた両腕は、埋葬する際に故意に折られたものだという。
 
縄文時代に根付いていたアニミズム(すべてのものに魂が宿るという考え方、信仰)から、
墓に埋める前には土偶の腕を折って壊し、魂を抜いていた。
また、制作過程でも、折りやすいように腕の付け根を細くするといった細工がなされたと考えられている。
 
 
◆中空土偶の女性性◆
この土偶については、中性的という考えもあります、と前置きした上で、
「芽空」が女性と考えられる根拠について話してくださった。
 
土偶は豊作や子孫繁栄を祈るためのものであったことから、99パーセントは女性を
模して作られており、妊婦をあらわしたものも多い。
ふっくらした体型の土偶を教科書で見た覚えがある人も多いだろう。
 
また、中空土偶は下部単孔土器が派生してできたものと考えられる。
下部単孔土器とは徳利のような形をした土器で、名前のとおり下の方に穴が
ひとつ開けられている。
この下部単孔土器は文様や穴の数などが女性をあらわしており、これから派生した
中空土偶も女性とみなすことができる。
 
また、「芽空」の脚の間にある丸い穴は、焼成するときの空気孔といわれているが、
「新しい命が出てくる穴だ」という人もいるそうだ。
 
 
◆国宝指定のタイミング◆
「芽空」を国宝級だと評する声は以前からあったが、国宝指定へとすぐには動けない事情があった。
 
国宝になれば当然、それに見合った展示・保管施設が必要となる。
南茅部町(当時)だけでそんな施設を作ろうとすれば負担は大きい。
そんなとき、南茅部町は函館市と合併した。
合併が中空土偶の国宝指定を後押しする形になった。
 
「芽空」は人にも恵まれた。
畑を耕していて、人型の焼き物を発見した人がいた。
それを、学校の教科書で見た土偶に似ていると気づいた家族がいた。
「この国宝指定を自分の最後の仕事にしたい」と、「芽空」に惚れこんだ人がいた。
 
さまざまな人の思いがあって、時が熟して、国宝になった中空土偶。
現代のわたしたちに伝えるべきメッセージを、縄文から持ってきたのかもしれない。
 
◆土偶が世界に発信するもの◆
この夏、中空土偶はサミットに行った。ザ・ウィンザーホテル洞爺で展示され、
各国首脳や夫人たちにもお披露目された。
それは単なる「国宝の展示」にはとどまらない意味が込められていた。
 
北海道洞爺湖サミットのテーマは「自然との共生」。
それは縄文時代には広く考えられていたものだった。
当時、人間は自然の中で生かされていると考えられ、だからこそ縄文文化は1万年以上続いた。

土器や石器など生活に必要なものや実用的な道具をつくるだけでなく、

このような難しい技術を必要とする土偶をつくっていたということは、

当時より高い芸術性と文化が育まれていたことを示すものにほかならない。

南茅部地域の海と山に囲まれた恵まれた自然環境も、縄文文化を発展させる上で、

おおいに影響していたのだと思われる。

 
人間は自然の中で生かされている。これは日本にとどまらず、世界全体に通じるものであり、
今こそ縄文文化が世界に注目されるべき時期だと、阿部参事は語る。

 

国宝中空土偶は現在は市立函館博物館で管理されているが、平成23年オープン予定の

「縄文文化センター」では常時展示し、たくさんの方に見ていただけるようになるとのことだ。

                                                 執筆/annkimo

加筆・撮影/younashi

編集/kitora 

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