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函館トピックス - 十字街に北海道坂本龍馬記念館オープン!

十字街に北海道坂本龍馬記念館オープン!

カテゴリ : 
函館の最近の話題
執筆 : 
kitora 2009-11-16 0:19

NPO法人北海道坂本龍馬記念館実行委員会が準備を進めていた

北海道坂本龍馬記念館」が11月15日、函館市の十字街電停前に

ついにオープンしました!

ちなみにこの日は、龍馬の誕生日であり命日でもあります。

でも「北海道と坂本龍馬は関係なくない?」と世の中のほとんどの方が思うはず。

ですが、龍馬は北海道開拓に大きな関心を持ち、実現しようとしていた事実があります。

また、坂本家の子孫の方々は北海道と大変ゆかりがあります。

開館を前に、記念館の前には人だかり&行列が。

 

一般公開に先立ち、10時より館内にてオープン記念セレモニーが

挙行されました。

はじめに、理事長よりあいさつ。

NPO法人北海道坂本龍馬記念館実行委員会 理事長

北海道坂本龍馬記念館館長 三輪貞治

「長年多くの同志とともに活動してきた北海道坂本龍馬記念館が

本日ここに開館する。建立賛助金をくださった方は1000人にものぼり、

感無量である。本館が未来を担う人々を応援する「龍馬塾」でありたいと考えている」

 

来賓 函館市長 西尾正範

日本人が一番好きな日本人である坂本龍馬の記念館が

函館の地に開設されたことは喜ばしい。五稜郭タワーでの龍馬祭の開催など

地域に根ざした活動を続けてこられた三輪代表に敬意を表する。

函館と龍馬の間の不思議な縁を感じる。折しも、来年はNHKで龍馬伝が放映され、

新幹線が青森まで開通する。この記念館も観光拠点として、

重要な位置づけになるだろう。末永い発展を祈念する」

 

坂本家9代目当主・名誉顧問 坂本登

「実行委員会をはじめ、多くの方のご尽力で記念館ができた。

龍馬は4度に渡って蝦夷地に渡ろうとしたが果たせなかった。

その遺志をついで甥の坂本直寛が北海道に移住し、坂本家が北海道に根ざした。

資料館は展示だけではなく、出会いの場となってほしい。

現代の龍馬塾として若者が龍馬の精神を学び龍馬を感じる場所となってほしい」

 

お三方によるテープカットの後、三輪館長自らのガイドで来賓の皆さんを

館内にご案内。

入り口には土佐のはりまや橋を模した橋が掛かっており、

入るときに見える橋脚の橋の名前は「蝦夷橋」、出るときの橋の名前は「出世橋」となっています。

展示:
展示1 龍馬の生い立ちと時代
・博多人形「龍馬脱藩前夜」
・龍馬書簡 姪春猪宛て

展示2 龍馬脱藩、勝海舟との出会い
・勝海舟八行書
・七卿落図
・咸臨丸模型

展示3 亀山社中と薩長同盟
・西郷隆盛の七絶三行
・洋式銃
・ゲーベル銃

展示4 寺田屋事変から海援隊へ
・高杉晋作の書
・和英通韻以呂波便覧
・龍馬使用の湯呑茶碗 など

展示5 船中八策と大政奉還
・後藤象二郎の書

展示6 坂本龍馬年表・肖像
・坂本龍馬略年表
・坂本龍馬等身大肖像写真
・刀(吉行)と短刀など

展示7 龍馬が目指した蝦夷地(北海道)開拓
・北海沿海誌屏風
・榎本武揚 七絶三行
・松浦武四郎 アイヌ鶴の舞図
・坂本直使用の弁当箱

展示8 龍馬の遺志を継いだ人々
・坂本家の名入り木箱

展示9 龍馬後継者移住の足跡
・地図資料
・坂本家系図

展示 坂本直行の世界
・直行のアトリエ
・直行と山
・ゆかりの品々

終わりに
・坂本龍馬肖像画(坂本登氏書入り)

興味深い展示の数々で、幕末に興味がある方なら、龍馬ファンでなくてもおもしろがれるはず。

 

その後会場を五島軒に移し、剣術の演武と記念講演が行われました。

剣を披露してくださったのは、竜馬も学んでいた北辰一刀流の

宗家6世 玄武館館長の小西真円一之さん。

激しい斬り合いとは異なる一瞬の勝負に会場も息を呑むほど。

 

続いて、京都国立博物館学芸課考古室長の宮川禎一さんによる

「坂本龍馬と北辰一刀流」と題する記念講演。

【講演要旨】

「昭和6年に坂本家から刀、手紙、系図、掛け軸、三徳などの寄贈を

京都市博物館が受け、現在京都国立博物館が所蔵している。

本来考古学が専門であるが、坂本家資料の担当者として、龍馬の歴史に興味を持った。

 

北辰一刀流は剣聖千葉周作を開祖とする剣術流派である。

幕末の剣術を代表するものであり、4000人近い門下がいたという。

練習方法や防具の改良などは近代の剣道につながる要素を多く持っている。

「気は早く心は静か身は軽く目は明らかに業は烈しく」という教えを持ち、合理的な教育法を旨とする。

 

龍馬は、土佐では小栗流和平法を習ったが、江戸では北辰一刀流を習い免状を受けた。

龍馬が土佐を出て江戸に出たのは嘉永6年、ちょうどペリーが日本に向かおうと

していたころであった。龍馬は3月に土佐を出て4月に江戸に到着、6月にはペリーが来航した。

19歳の龍馬が江戸で北辰一刀流に出会った。

開祖千葉周作の弟、千葉定吉が指導する通称桶町千葉道場で剣術を学んだが、

その証拠は少なく、北海道坂本龍馬記念館が所蔵する推定文久3年の16日付けの

書簡に出てくる「千葉先生が?」という文言の他、わずか2つだけである。

 

龍馬を実際に指導したのは、定吉の子、千葉重太郎である。重太郎は龍馬の10歳年上である。

鳥取藩士であり、鳥取から出てきた役人を江戸で案内する役割をもつ。

人柄は面白い江戸っ子で、滑稽話、冗談が好きで、一方義理堅く、金にきっちりしている。

龍馬を勝海舟に引き合わせた。

 

明治に入ると剣術は時代遅れとされ、はやらなくなった。

千葉重太郎は明治5年に開拓使として北海道に入り、明治8年2月4日には七重村官園で働くが、

京都府知事の北垣国道が明治16年に作った体育館の責任者として招かれ

剣術を教えるようになった。その部下に、元京都見廻組肝煎で坂本龍馬を斬ったといわれている

渡辺篤がいたことは興味深い。

 

明治維新は剣術家の革命である。

北辰流千葉道場は日本の歴史を動かした人たちが作った道場であり、

その意味で歴史的に重要であった」

 

その後さらに場所を移しての祝賀会では、

館長より「これから記念館を育てる函館の方々との交流を図りたい。

龍馬の魅力を皆さんと共有できたらと思う」と、

実行委員より「記念館の外観は、龍馬がよく宿泊した京都の寺田屋をイメージした物である。

これは龍馬が函館に来たときに迷わずに記念館に来れるようにという思いを込めたものである」

とそれぞれあいさつがありました。

 

さて、同実行委員会では北海道坂本龍馬記念館のオープンを記念した

 「龍馬祭2009」を15日から23日まで五稜郭タワーアトリウムにて開催します。

坂本龍馬に関するパネル・ポスターや「龍馬の似顔絵コンテスト」の応募作品展などを

行うほか、21日と22日の両日は記念ステージを実施します。

 

【記念ステージ(21日・22日)】
 《伝統武道演舞会》11月21日(土)13:00?14:30
 《伝統芸能講演会》11月22日(日)13:00?14:30
日時 : 2009年11月15日(日)?23日(月・祝)9:00?18:00
料金 : 観覧無料

 

お問い合わせは0138-24-1115まで。

詳しくはこちらでもどうぞ。

http://goryokaku-tower.tabilog-hokkaido.jp/article/0001951.html

 

※写真の一部と各発言要旨、展示物データはflutissimoスタッフ提供です。

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コメント


投稿者 スレッド
ゲスト
投稿日時: 2009-11-17 12:51  更新日時: 2009-11-17 12:51
 Re: 十字街に北海道坂本龍馬記念館オープン!
 記念館オープンおめでとうございます。私は現在浦臼小学校の校長をしております。坂本龍馬一族が北海道に夢をいだいて入植した地であります。学校の宝として「坂本龍馬」の肖像画があります。1904年頃現在の浦臼小学校で「坂本龍馬遺品展」を開催することになったのを機に、慶応2年に長崎で撮った写真をもとに坂本直の妻留が現在の札幌南高等学校美術教師林竹治郎に描かせたもので、龍馬によく似ていると言われています。昨年11月から今年2月まで校地の坂本龍馬記念館にも貸し出しました。情報提供まで。

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